熱性けいれんの恐ろしさ


結婚生活の時に、色々と考えさせられることが起きた。

我が家には2歳の息子がいる。
今まで成長曲線の上限をはみ出したり戻ったりしながらすくすくと育ってきた。
よく食べとにかく食べ、よく眠り健康そのもの。
その子が突然、就寝中に熱性痙攣を起こしたのだ。

たまたま添い寝をしていて、この後残っている家事を明日に回してこのまま寝落ちしてしまおうか迷っていた矢先のこと
穏やかだった寝息が震え始めたのだ。
肌がけをまた蹴って寒くなったのだろうと思い、手探りで肌がけを掛け直した時、からだが小刻みに震えているように感じた。
悪寒?と思っているうちに震えがひどくなり、手は開いた状態、足は伸びきった状態で硬直しガタガタと震え始めた。
何度も呼びかけても反応はなく、生あくびを繰り返している姿を見て、以前に動画でみた熱性痙攣のシーンを思い出す。

これはやばい!どうしよう!!たぶん熱性痙攣だ!
痙攣が始まった時間と体温を記録しなきゃ!!

頭の中で、以前ネットで見た内容をなんとか思い出す。
時計を見ると23時ちょうど、体温は37℃。
大声で母を呼び、緊急医へ連絡を探してもらい電話を代わってもらう。
この時点で痙攣が始まってから8分が経過、この時まだ痙攣は治まらず体温は38℃まで上昇。

電話の向こうの看護師さんから、「救急車を要請をしてここまで来てください」といわれ心臓がはやがねを打つのがわかった!
救急車の音はよく耳にするが、我が家には縁のない話なのだ。
救急車を呼ばなくてはならない程の状況なのか、不安だらけで頭の中が真っ白になってしまった。
たまたま郷里から泊まりに来ていた母に「あなたがしっかりするのよ!」と言われ、覚悟を決めないといけないのだと実感する。
震える手で119へ電話をして状況を説明して到着を待つ。
その間、母に様子を見てもらい、私は保険証・お薬手帳・現在服用している薬・オムツ・着替え・ジャンパーを走り回って準備する。

inti(インティスクエア)

到着した時点で最初の痙攣から15分が経過し、痙攣は治まりぼーっとはしているものの、会話ができる状態になっていた。
救急車へ搬入され、状況を事細かに説明する。
聞かれたことにはきちんと答えることができたが、極度の緊張からか全身から汗が滝のように流れ落ち、呼吸も上手にできない状態だった。
それでも、病院が近づくにつれ息子の意識が戻り会話ができる状況になってきて、ほっとすることができた。

本人は意識は戻っても、置かれている状況が理解できないばかりか、私の不安そうな顔つきもいけなかったのだろう。
搬送中に大声で泣き出し、担架の上で抱っこしてほしいと暴れ始めてしまった。
できるだけゆったりとした声で、やさしく話しかけ抱きしめると安心したのか、到着するころには落ち着いてくれた。
考えてみれば当たり前の話なのだが、救急搬送されると入り口で先生が待っていてくれて、
受付や待ち時間がまったくなく即診てもらえることに驚いた。

病院に到着した段階で意識が戻っていること、痙攣が15分程度だったこと、片手だけ片足だけの震えではなかったことから
単純型熱性痙攣だと言われ、24時間以内の再発を防ぐために座薬を入れて処置が終わる。
8時間後に再度座薬を入れて様子を見ることとなった。

ここでやっと病院に到着した元夫が合流し私もほっとした、と同時に全身の力が抜けてしまった。
熱性痙攣を目の当たりにすると、このまま息子を失うことになってしまうのではないか、重大な疾病がみつかるんじゃないか。
と不安に押しつぶされそうになったけれど、無事帰途に着くことできたことを神様に感謝せずにはいられなかった。

熱性痙攣は6歳までの幼児が発症することが多いため、今後悪寒による震えなのか熱性痙攣なのか判断ができない時は、
迷うことなく救急車を要請してくださいと言われたがもうこんな思いは二度とごめんだ。

この時はたまたま母が来ていたので、色々助かったが、一人だったとしたらと想像するだけで震えが来る。

ちなみに元夫には母が連絡を入れたようだ。離婚後も子どもとの面会のことでちょくちょく連絡をとっていたから気不味さはなかった。

離婚したとは言え、子供のことなどで急に手助けが必要なときは、これからも気兼ねなく連絡を入れる取り決めをした。